静岡地方裁判所浜松支部 平成6年(ワ)53号 判決 1995年9月20日
原告
吉引勝己
ほか一名
被告
節田結
ほか三名
主文
一 被告らは、原告両名に対し、各自、各金二四五四万八八六六円及び内金二三〇四万八八六六円に対する平成四年五月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
一 申立て
1 原告ら
(一) 被告らは、原告両名に対し、各自、各金三六二四万六三九六円及び内金三三七四万六三九六円に対する平成四年五月二日から各支払済みまでの年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
2 被告ら
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
二 請求の原因
1 交通事故(以下「本件事故」という。)
(一) 日時 平成四年五月二日午前一時二〇分ころ
(二) 場所 名古屋市千種区春岡通六丁目九番地先交差点(通称青柳交差点。以下「本件事故現場」という。)
(三) 態様 被告節田結は自動二輪車(名古屋な三九五六。以下「被害節田車」という。)、被告吉條久則は自動二輪車(名古屋な二三九六。以下「被告吉條車」という。)、被告吉永建司は普通乗用自動車(名古屋五四の二三八五。以下「被告吉永車」という。)をそれぞれ運転して、本件事故現場を走行したが、被告節田及び被告吉條は暴走族「誘惑」のメンバー、被告吉永は暴走族「万華鏡」のメンバーであり、右被告らにおいて、右「誘惑」の幹部である松山惣武(以下「松山」という。)ら約三〇〇名と共謀のうえ、共同して、道路における交通の危険を生じさせ他人に迷惑を及ぼすことを知りながら、自動二輪車約一〇〇台、普通乗用自動車約四〇ないし五〇台の車両を連ね又は並進して、信号機により交通整理の行われている本件事故現場を安田通方面から大久手方面に東から西へ直進するに当たり、先頭集団を形成し、対面信号の赤色表示を無視して、時速一〇ないし二〇キロメートルで交差点に進入し、折から青色表示に従つて仲田方面から塩付通方面へ自動二輪車(名古屋な一四九四。以下「吉引車」という。)を運転して北から南へ同交差点に進入しようとした吉引謙司(以下「亡謙司」という。)を衝突の危険を感じさせて転倒のうえ滑走させ、松山運転の自動二輪車(名古屋な五〇六。以下「松山車」という。)の前部を亡謙司に衝突させた。
2 責任原因
(一) 被告節田、被告吉條、被告吉永建司は、本件事故現場を直進するに当たり、対面信号機が赤色を表示していたのであるから、同交差点の手前で停止すべき注意義務があるのに、松山らと共同して、共同危険行為の先頭集団を形成して、信号を無視して時速一〇ないし二〇キロメートルで交差点に進入した過失により本件事故を発生させたものであるから、いずれも民法七〇九条、七一九条一項による共同不法行為責任がある。
仮に、行為の共同性が認められないとしても、右被告らは、松山を中心とする暴走行為をするにつき事前にその謀議に加わり、暴走行為自体に加担していたものであり、主観的にも、客観的にも松山の赤信号無視運転を助長すると共に容易にさせ、本件事故発生につき幇助したものであるから、民法七一九条二項による責任がある。
(二) 被告吉永正勝は、被告吉永車の所有者であり、自己のため運行の用に供していたもので、自賠法三条による責任がある。
3 損害
(一) 亡謙司は、本件事故により、多臓器損傷の傷害を受け、事故直後の同日午前二時二二分ころ、名古屋市千種区の医療法人原病院において、右受傷に起因する心肺不全により死亡した。
(二) 損害額
(1) 治療費(患者自己負担分) 六万五八九七円
(2) 逸失利益 七六二二万六八九六円
亡謙司は、本件事故当時健康な大学生であつたから、平成四年度の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者の大学卒の全年齢の平均賃金(年額六五六万二六〇〇円)に稼働可能期間四五年(六五年から二二年を引く。新ホフマン係数二三・二三〇七)、生活費控除五〇パーセントとして計算すると、逸失利益の現価は七六二二万六八九六円となる。
(3) 慰謝料 二〇〇〇万円
亡謙司は、本件事故当時、名古屋工業大学三年に在学中の前途有為な青年であつたが、被告らによる極めて悪質な共同危険行為により突然生命を奪われた無念さは察するに余りあり、その精神的苦痛を慰謝する額は二〇〇〇万円が相当である。
(4) 葬儀費用 一二〇万円
(5) 損害の転補 三〇〇〇万円
自賠責保険金として、三〇〇〇万円が支払われた。
(6) 相続
原告両名は、亡謙司の父母であり、前記(1)ないし(4)の損害額から(5)の保険金額を控除した金額の各二分の一(各三三七四万六三九六円)を相続により取得した。
(7) 弁護士費用 各二五〇万円
4 よつて、原告らは、損害賠償として、不法行為者である被告節田、被告吉條、被告吉永建司及び被告吉永車(加害者)の保有者である被告吉永正勝に対し、各自、各三六二四万六三九六円及び弁護士費用を控除した各三三七四万六三九六円に対する不法行為の日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 請求原因に対する認否
1 被告節田
(一) 請求原因1の(一)、(二)の事実は認める。
(二) 同1の(三)のうち、被告節田が当時誘惑のメンバーであり、誘惑のメンバーが本件事故当日暴走行為を行つたこと、被告節田がこれに参加し、被告節田車を運転して、本件事故現場を走行したことは認めるが、被告節田に関するその余の部分を否認する。
被告節田は、暴走グループの先頭集団にはいなかつたため、本件事故現場を通過した時には、既に本件事故が発生してからかなりの時間が経過していたもので、事故発生状況を目撃すらしていない。
(三) 同2の(一)の被告節田に関する部分を否認する。被告節田は暴走には参加したが、本件事故発生に関しては被告節田に過失もなく侵害行為を行つていないし、松山との間に関連共同性はない。したがつて、行為の共同も幇助にも当たらない。
(四) 同3については、(二)の(5)は認めるが、その余は知らない。
2 被告節田を除くその余の被告ら
(一) 請求原因1の(一)、(二)の事実は認める。
(二) 同1の(三)のうち、被告吉條が当時誘惑のメンバーであり、誘惑のメンバーが本件事故当日暴走行為を行つたこと、被告吉條及び被告吉永建司がこれに参加し、被告吉條は被告吉條車を、被告吉永建司は被告吉永車をそれぞれ運転して、本件事故現場を走行したこと、松山車と亡謙司との間で事故が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同2の(一)の被告節田を除くその余の被告らに関する部分を否認する。
(四) 被告吉永正勝に関する同2の(二)の事実を認める。
(五) 同3については知らない。なお、逸失利益の算出につき、得べかりし所得金額を男子大学卒の全年齢平均賃金とし、中間利息の控除をホフマン方式により算出しているが、亡謙司は就業前の学生であつたのであるから不確定な要素があることは否定できず、特にホフマン方式を採用するとすれば、就業時における平均賃金を基準とすべきである。
(六) 過失相殺
本件事故現場路面に残された亡謙司運転の吉引車の擦過痕六一・九メートル(スリツプ痕六・八メートルを含む。)からすると、吉引車は時速八八・九キロメートル(制限速度は時速四〇キロメートル)で本件事故現場に進入しようとしていたものでり、一方、松山は時速約一〇キロメートルで本件事故現場に進入していたものであるから、亡謙司において、制限速度を大幅に超過した高速度で運転し、しかも、前方不注視のため松山車の発見が遅れ、本件事故現場の手前で転倒するに至つたものであり、亡謙司にも過失がある。
したがつて、過失相殺されるべきである。
四 証拠の関係は、本件記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
五 判断
1 被告節田との間で、請求原因1の(一)、(二)の事実、同1の(三)のうち、被告節田が当時暴走族「誘惑」のメンバーであり、誘惑のメンバーが本件事故当日暴走行為を行つたこと、被告節田がこれに参加し、被告節田車を運転して、本件事故現場を走行したこと、同3の(二)の(5)の事実、及び被告節田を除くその余の被告らとの間で、請求原因1の(一)、(二)の事実、同1の(三)のうち、被告吉條が当時誘惑のメンバーであり、誘惑のメンバーが本件事故当日暴走行為を行つたこと、被告吉條及び被告吉永建司がこれに参加し、被告吉條は被告吉條車を、被告吉永建司は被告吉永車をそれぞれ運転して、本件事故現場を走行したこと、被告松山車と亡謙司との間で事故が発生したことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 本件事故の態様と被告らの責任
(一) 証拠(甲二、四、六、七、一一、一五ないし四九)によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、信号機により交通整理の行われている五差路交差点(通称青柳交差点)で、ほぼ南北に通じる道路とほぼ東西に通じる道路にほぼ南西方向から通じる道路が交差し、いずれも片側一車線(ただし、南北道路は交差点に接近する部分で右折車線が増設されている。)である。
(2) 松山は、安田通方面から大久手方面へ東から西へ向かい松山車を運転し、対面する信号機が赤色を表示していたのに、時速一〇ないし二〇キロメートルで同交差点に進入したところ、折から対面する信号機の青色の表示に従つて仲田方面から塩付通方面へ北から南へ吉引車を運転して同交差点に進入しようとした亡謙司に衝突の危険を感じさせて、転倒の上滑走させ、同交差点のほぼ中央部分で松山車前部を亡謙司に衝突させた。
(3) 亡謙司は、右事故により、多臓器損傷の傷害を受け、事故直後の同日午前二時二二分ころ、名古屋市千種区の医療法人原病院において、右受傷に起因する心肺不全により死亡した。
(4) 松山は、名古屋市緑区に本拠を置くいわゆる暴走族「誘惑」のリーダーでもと特攻隊長であつたが、平成元年五月一日に交通事故で死亡した誘惑の仲間の命日に毎年暴走行為を繰り返していたところ、平成四年も五月一日に命日暴走と称する暴走行為を企画し、集合場所や暴走コースを決めて、誘惑のメンバーにその旨伝えると共に他の暴走族グループにも連絡することを指示した。
当日午後一〇時半ころ、松山は、予め定めた集合場所から暴走集団の先頭をきつて暴走行為を開始し、翌二日午前一時二〇分ころ、単車二〇ないし三〇台及び多数の四輪車を従えて一団となつて道路幅一杯に広がつて、排気音を響かせ、蛇行運転、信号無視などしながら本件事故現場に差し掛かり、前記のとおり右方から転倒して滑走してきた亡謙司に松山車を衝突させた。
(5) 被告節田は、誘惑の特攻隊長であり、被告吉條は誘惑のメンバーであるが、先輩の松山から前記命日暴走の計画を知らされ、多数の誘惑のメンバーらと共に被告節田は被告節田車を運転して松山に続いて走行し、途中、集団の中央部、最後部等位置を変えてはいたが、殆どのコースを先頭を走る松山に追従していたものであり、被告吉條は被告吉條車を運転し松山に続いて暴走集団の先頭部を走行して、それぞれ暴走に参加し、道路幅一杯に広がつて、排気音を響かせ、蛇行運転、信号無視などしながら本件事故現場に至つた。本件事故現場では、右両名とも、信号機の表示は確認しておらず、松山と亡謙司の衝突の状況は見ていないが、交差点中央にヘルメツトを被つた人が倒れているのを左側に見ながら交差点を通過した。
(6) 被告吉永建司は、以前、暴走族「万華鏡」に加入していたが、友人から同年五月一日に暴走行為の計画のあることを聞き、これに参加することになり、当日、被告吉永車を運転して暴走集団の先頭に近い位置を走行して、本件事故現場の信号機の表示が赤色であつたがこれを無視し、他の暴走集団と共に前記同様の暴走行為をしながら交差点に進入した。本件事故現場では、松山と亡謙司の衝突の状況は見ていないが、交差点中央にヘルメツトを被つた人がうつ伏せに倒れているのを右側に見ながら交差点を通過した。
(二) 右事実によれば、被告節田、被告吉條、被告吉永建司は、松山が中心となつて行つた暴走行為に参加し、単車二〇ないし三〇台及び多数の四輪車と共に一団となつて道路幅一杯に広がつて、爆音をたて、蛇行運転、信号無視などしながら本件事故現場に差し掛かかり、松山車が、信号機の青色の表示に従つて交差点を進行しようとして転倒、滑走してきた亡謙司に衝突して、同人を死亡させたものであることが認められる。
原告らは、右被告三名の行為は、松山の行為と関連共同性があるとして、民法七一九条一項の共同不法行為が成立すると主張するが、前記の事実によれば、右被告三名が、松山に続いて暴走集団の先頭グループに位置していたことをもつてしても、松山が松山車を亡謙司に衝突させて同人を死亡させた行為そのものに共同したと認めることはできず、同条一項の責任があるとみることは困難である。
しかしながら、本件事故発生の最大の原因は、松山が信号機のある交差点の赤色の信号を無視して同交差点に進入したことにあることは前記の認定事実から明らかであり、松山が信号を無視して交差点を進入しようとし、かつ、それが可能であつたのは、松山と共に右被告三名を含む暴走集団が多数の車両を連ね、一団となつて道路幅一杯に広がつて、爆音をたて、蛇行運転、信号無視をしながら走行したことにあつたというべきであるから、右被告三名の行為は、松山の行為を容易にさせた幇助行為に当たるものと認めることができる。
(三) 被告らは、右被告三名は、いずれも本件事故発生当時、暴走集団の先頭部には位置せず、中央部ないし後部に位置していた旨主張し、右被告三名はその旨の供述をするが、仮にそうであつたとしても、前記のとおり、右被告ら三名は、本件事故を発生させた松山を先頭とする一団の暴走集団の中に位置して危険かつ違法な暴走行為をしたものである以上、先頭部位に位置していたか否かは幇助の成否には消長を来さないものと解される。
(四) 被告節田を除くその余の被告らは、過失相殺を主張し、本件事故現場路面に残された約六一・九メートルの擦過痕から亡謙司が時速八八・九キロメートルの高速度で進行していたことと前方不注視をその理由とするところ、路面に残された擦過痕は吉引車が転倒して滑走したことによつて刻されたものと認めるのが相当であり(スリツプ痕は六・八メートルである。甲四。)、右擦過痕から吉引車の速度を推認することは妥当ではなく、主張のような高速度で走行していたものと認めることはできない。また、亡謙司の前方不注視についてはこれを認めるに足りる証拠はない。仮に何らかの過失があつたとしても、松山及び被告らの前記重大な違法行為と対比すれば到底過失相殺が認められる事案ではない。
3 損害
(一) 治療費 六万五八九七円(甲五〇、五一)
(二) 逸失利益
(1) 亡謙司は本件事故当時満二一歳の健康な男性で、名古屋工業大学三年生在学中であつたことが認められる。(甲二、三、二九)
(2) したがつて、亡謙司は、二二歳以後六五歳までは大学卒の全年齢の平均賃金を取得しうるものと推認するのが相当であり、平成四年度の賃金センサス第一巻第一表企業規模計産業計男子労働者大学卒全年齢の平均賃金による年収六五六万二六〇〇円を基準とし、稼働可能期間として六五年から大学卒としての就労の始期まで期間を差し引き、ライプニツツ係数により中間利息を控除し、生活費控除を五〇パーセントとして逸失利益の原価を算定すると、五四八三万一八三五円となる。
(算式)
<1> 六五-二二=四四(一七・六六二七)
二二-二一=一(〇・九五二三)
一七・六六二七-〇・九五二三=一六・七一〇四
<2> 六五六万二六〇〇円×一六・七一〇四×〇・五=五四八三万一九三五円
(三) 慰謝料
前途有為な青年であつた亡謙司が、被告らの無謀な暴走行為により、突然生命を奪われた無念さは察するに余りあり、その精神的苦痛を慰謝する額は二〇〇〇万円が相当である。
(四) 葬儀費用 一二〇万円
亡謙司の葬儀費用は、一二〇万円が相当である。
(五) 損害の転補
自賠責保険金として、三〇〇〇万円が支払われたことは、原告らの自認するところである(被告節田との間では争いがない。)。
(六) 以上差引き合計四六〇九万七七三二円となるところ、弁論の全趣旨によれば、原告らは亡謙司の両親で相続人であることが認められるので、右金員を二分の一の割合で相続した(各金二三〇四万八八六六円)ものと認められる。
(七) 弁護士費用 各一五〇万円
本件事案の内容、認否額を考慮して、弁護士費用を各一五〇万円とするのが相当である。
4 以上によれば、被告吉永正勝を除くその余の被告らは共同不法行為者として、被告吉永正勝は被告吉永車の保有者として、各自、原告らに対し、各金二四五四万八八六六円及び弁護士費用を除く各金二三〇四万八八六六円に対する不法行為(本件事故)の日である平成四年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務のあることが明らかである。
よつて、右の限度で原告らの本訴請求を認否し、その余を棄却することとする。
(裁判官 吉崎直彌)